闇の中
「裏手も見張りがいやがるな。 ハッ、用心深いこった、感心感心」
忍術の心得がある田島ほか四名を引き連れ、神一久は闇に紛れ、迂回して集落の裏にあたる谷に潜んでいた。
一行は、草木の色に近い迷彩を施した装束に身を包み、大型ナイフとナイロンコードだけの軽装備である。
暗視のできる彼らには灯火のたぐいは不要だ。
「神(じん)さん、人質をなぶり殺しにするのは無しですぜ。 女は貴重なんですから」
自分らがよもやし損じる事はあるまい、といった自負を覗かせ、田島がふくみ笑いをもらす。
「どうしたの? 何か気に掛かる事でもあるの、晋」
段英子(たん・いーず)が山際晋に目顔で尋ねていた。
「いや、剛の言葉が気になってね。 … 陳、悪いけど裏手の谷を見てくれないか? 何を見つけても報告を優先してくれ。 頼む」
陳(ちぇん)と呼ばれた細身の男は、偵察を任される事が多い。
血気さかんな八極門の中にあって、陳の冷静さは異彩を放っている。 リンの弟弟子だ。
「夜襲があったらこれで(と言って指笛を鳴らす)知らせるか? 晋」
「ああ、そうしてもらえば助かるよ。 くれぐれも単独で戦うのは控えてくれ」
山際晋は哨戒から戻った村山剛の仲間たちに『お疲れさま』と声をかけた後、短い仮眠に入らせた。
杞憂に終われば良いけ どな……
晋は、シミの様に広がっていく不安を抑えきれずにいた。