しばらくの間、凛とした静寂が茶道室を包んだ。
『心―ですか』
梅城ケンヤはぽつりと確認を求め
『そう―心です』
大川アヤノは繰り返した
『あらあら、気付けばこんな時間―梅城会長、今日はここらでお開きとしましょう。後片付けは明日私がやっておきますからお気になさらずに』
内側に障子の張られた窓に顔を向けて大川アヤノはそう言うと、そそくさと立ち上がった
確かにそこから差し込む光は、明らかに夕暮れ色に変じていた
『車をお出ししましょうか?』
痺れる足をどうにか畳に突き立てながら、ケンヤはアヤノにそう申し出た
今の第三中学校に、確かに彼女は無くてはならない重要な存在だった
役に立たない教員なんかよりもずっとだ
犯罪や危険に巻き込ませる分けには行かない
万が一そんな事があったら、最悪梅城政権が吹っ飛んでしまう―\r
仮に尊敬や信頼を除いたとしても、ケンヤが彼女の身を案ずる理由はいくらでもあった
だが―\r
『あらやだ、私の家はここから300Mもありませんわよ』
大川アヤノは再びころころと笑い、ケンヤの申し出を謝絶した
『だからこそ―この学校を択んだのですから』
そして、杖も持たずに彼女は上履きを履き、手慣れた様子でドアを開けて廊下に出た
長年の生活で、この学校内に何があるか、彼女は完璧に知り尽していた
『会長こそお体にお気を付けて―ここであなたの身にもしもの事があったら、イジメや暴力に苦しむ数十万生徒達は希望を失いますからね』
元気付けて大川アヤノは、ケンヤの一礼を受けながら、階段の方へと歩き去って行った
そして、コツコツコツコツとリズム良く階段を降りる音は、やがてケンヤの耳元から遠ざかって行った―\r
廊下に、ケンヤは独り取り残された
だが、もう一つ彼の胸に残された物があった
背後に目を向けろとは―\r
どう言う事だ?
大川アヤノの言葉は一体何を意味するのか、ケンヤには分からなかった
否
実際には分かるのだ
言葉通り受け取れば―\r
裏切者に気を付けろ、と言う事か?
それも身内の―\r
だが、一体誰が?
俺の背中を撃つと言うのだ?
確かにケンヤの敵は多い
だが、確実に自分に手を挙げるだけの存在は、そう多くはない筈だ―\r