ざっくりと切られて、血のにじみ出た腕。
脇には腹部から血を流して顔面を蒼白にしたゆかりが横たわっていた。
平田は何も考えず、素早くゆかりの体を拾い上げ、研究室から飛び出した。
くたり、と力なく垂れ下がった頭を胸に押しつけて、ゆれないようにしながら、平田は歯噛みした。
(畜生、なんだってんだ)ことの起こりは5分前だった。
「失礼します」
ゆかりと平田は前橋巧の研究室の扉をノックした。 「入ってくれたまえ」
妙に偉そうなしゃがれた声がした。
平田がいやそうに顔をしかめながら、ノブを内側にひいた。
「ようこそ。間宮氏。平田氏。」
いつもの無表情で出迎える前橋。
それと同時に流れてくる甘い、沈香の香のかおり。 あれ、とゆかりは訝しんだ彼は香はやらない。
アロマオイルのほうが好きで、いつも研究室にはオレンジやペパーミント、ラベンダーなんかを使っていてお香は苦手だと真顔で言っていた気がした。
それが、なぜ。
そんな顔をしていたのがばれたのか、前橋が苦笑し、「あぁ、薫りを変えてみたんだ。どうかね」
「…ええ、悪くはないと思います。」