最後の最後の最後まで、男はズルくて鈍感だった。
改札口に入って、少しのところ。振り返った私に、男は白い歯を覗かせて手をふっている。
ああ、本当にこれきりなんだ。
確信したら、急に彼がひどく憎たらしく思えてきて、私は衝動的に駆け出していた。
我に返った私の前で、男の左頬が、うっすら赤く腫れている。
こんなはずじゃなかった。
キレイに『じゃあね』って終わるはずだった。
“別れ際、私は男に軽くキスをして、彼の未練がましい視線を背中いっぱいに感じながら、颯爽とホームに消えてゆく。決して振り返らない。それきり私は、彼にとっての永遠になる。”
そんなシナリオを、
ゆうべのうちから何度も想い描いていたのに。
今の私は何だろう?
なんて不様で格好悪いんだろう。
恋愛って
男と女ってこんなものか。
はははバッカみたい…。
堪えきれずに涙が溢れた。
景色も、男の顔も、何もかもが、ぐちゃぐちゃに歪んだ。
情けなくて、恥ずかしくて悔しくて、何よりこの後に及んでまだこんなにも男を愛している自分が憎くて私は泣いた。
男はどんな顔をしてるのだろう?困ってるかな?迷惑だろうな。
でも自業自得だ。アンタのせいだ!
困ればいいんだ。メロドラマみたいなシチュエーションに。
他人に指を指されて、うろたえればいい気味だ。
あーあ、これじゃあデパートで玩具をごねる駄々っ子だ私は!
そうだよ私はこういう女だったんだよ。おあいにくさま。
あなたの女を見る目がなかったのよ。
もうどうでもいいや。はいお手上げ。
どうぞみんな見てってよ、見物お一人300えん。私は、もはや捨て鉢だ…。
不意に男の手が私の肩を強く引寄せた。
びっくりして、されるがままに抱き締められる。
…え?と思う。
私を抱く、
男の肩が泣いていた。
改札口のバーに
前のめりでつっかえたまま、
私は思いきり彼のコートに顔をうずめた。
結局、男と女なんて、どこか格好悪いものなんだろう。
ズルくて鈍感なのはお互い様で、エゴをぶつけ合うのを避けられない。
男の匂いに包まれながら、時が止まればいいと本気で思った。
そのとき初めて、
私は彼と、
彼は私に、
触れることができた気がした。
『男女恋景 改札口 』
終。