愛美はおぼついた足取りで麗子の待つホールに向かった。
「あら…愛美…綺麗よ…」
「お母様…」
「愛美…今相手の方を愛せなくてもいつか必ず良かったと思う日がくるからね…大丈夫よ…」
「……はい…お母様…」
愛美は自分が望月家に生まれた事がこれほど悲しいと思った事は無かった…
玄関のドアが左右大きく開かれた。
その先に愛しい者が頭を下げ車のドアを開いていた。
「ご苦労様…佐野…」
佐野は頭を上げた。そしてハッとした目をして愛美を見ている。
愛美は構わず車に乗り込んだ。その後を麗子が続いて乗り込む。
「いってらっしゃいませ奥様お嬢様」
ジィが車に乗る二人に言った。
「頼んだぞ…」「…はい」
佐野は運転席に乗り込み発進させた。
佐野は時々バックミラーごしに愛美を見つめていた。愛美が他の者と見合いをするのはやはり辛い…佐野は痛む心を懸命に抑えていた。
やがて静かな町並みに入り一軒の料亭に着いた。
「愛美…お父様は一足先にお待ちよ」
愛美はまだ相手の顔も知らない。取引先の御曹司だけだとしか知らされていなかった。
佐野が車のドアを開けた。麗子に続いて愛美が降りる。
「いってらっしゃいませお嬢様」
佐野は頭を下げたままそう言ってしばらく頭を上げない。自分の顔を見せたくない様子だった…
愛美は無言で料亭へ入って行った。
「ご苦労様…佐野」
麗子はそう言うと中へ入って行った。
佐野はまだ頭を上げない…地面にキラリと雫を落している…
愛美と麗子は綺麗に整えられた庭園に囲まれた長い廊下を歩いて行った。
そして部屋について仲居が障子に手をかけた。
「お連れ様がお見えでございます」
「おお来たか…愛美…さあ中へ入れ…」
「はい…お父様…」
仲居が障子を開けた。
愛美は直ぐに正座し頭を下げた。「今日はよろしくお願いいたします」
そう言うと頭を上げた…次の瞬間愛美はびっくりして心臓が止まるかと思った…
そこに座っていたのは中津秀二だった…
…つづく…