ガチャコンと閉じる扉。
ヒールの足音。
ん?閉じてゆく扉。女性の声。
「スミマセン乗りますっ」
あっ。一瞬感じるデジャヴ。咄嗟に押すボタン!
…は「閉」?!
豪快に挟まる女性。
うぉっといけねぇ!
今度こそ「開」を押して無事に彼女の搭乗を助ける。
良かった。
あ、綺麗な人だ。良かった。
閉まる扉。偶然にも同じ階で降りるらしく彼女は階数ボタンを確認しただけで後ろに下がった。
息をつく私。またお決まりの沈黙…。
が次の瞬間、私の顔は凍る。凍りつく。
“まさか!まだにおってません?”
そのまさかである。
今のゴタゴタに気をとられていただけで、
あの男子の“目に見えぬ忘れ形見”はそっくりそのまま存在していたのだ。
背後の彼女も、ほぼ同時にその状況に気づいたはず。
間違いなくそんな気がして、私の頭はリトルパニック状態に堕ちてゆく。
“俺じゃないんですって”“アイツですよ、証拠ないけど”“あっ!さっきのアレは乗って欲しくなかったわけではなくてですね…”“いや、だから、つまり…”
嗚呼、可哀想な俺。ニクいアイツ。綺麗なキミ。クサイこの箱。
それからの十数秒間は伸びきったカセットテープみたいにまどろっこしくゆっくりと流れた。
エレベーター内のスピーカーから流れるクラッシックが、とても間抜けに聞こえる。
ようやっとエレベーターは上昇を止め、
扉は二人が降りるべきフロアへ向けて口を開いた。
私は「開」を押したまま、ややうつむき加減で彼女が降りるのを待つ。
私の羞恥心を結集させたような耳は、ファミレスのウェイターがあえて客に忠告したくなるくらいに、大変お熱くなっていた。
彼女は軽快にヒールを響かせ、私のすぐ横を通過した。
「お先に、スミマセン」
彼女は私にそう言いながら軽く会釈して、
去っていった。その瞬間私が目にした彼女は、
嘲笑でも失笑でもない、実に、アッケラカンとした、笑顔を浮かべていた。
狐につままれたような顔を、残された私はしていた気がする。
“アッケラカン”という言葉を、そのとき初めて使った気がする。
私はフラリとフロアに歩きだす。
背中ごしに閉じるカラの箱からは、仄かに香水の甘い香りがしていた。
「箱の中」
終