トラと呼ばれた猫が居た。
ビルの隙間。ぐるぐると幾重にもガムテープが巻かれた箱の中で彼女は鳴いていたそうだ。
弟が拾ってきた茶トラの猫は、まだ小学生だった私達による必死の説得で我が家の一員となった。
命名「チャトラン」。
男勝りだった彼女は、見事な暴れっぷりと気性の粗さで、すぐに近所の女ボスとなり、いつしか家族は彼女を「トラ」と呼ぶようになった。
ケンカの声が聞こえると、短い尻尾をピン!と立ててやる気満々で外へ飛び出して行く!そんな彼女が大好きだった。
……時が過ぎ、あの日子供だった私達が社会人になった頃には、活発だったトラも落ち着きのあるお婆さん猫になっていた。
所々あった白髪が目立つようになり、高い場所に行かなくなった。また、寝ている姿を見かける事が多くなっていた。
その後、親元を離れた私は帰省すると真っ先にトラを撫でた。
「やっぱり猫はいいな〜」と執拗に撫でられ、彼女は迷惑していた事だろう。
帰り際、必ず「また来るから!まだまだ長生きしろよ!」と言葉をかけた。
…そしてあの夏の日…。
私は、大きな大きな過ちを犯してしまった。