母の顔が思い出せない。
あたしの記憶は、ピントのボケた8ミリカメラだ。
でも声だけは、今もクリアーでサラウンドだ。
ちぃちゃん、
いま、ちぃちゃんの
まわりにあるものはね、
いつか、ぜんぶきえちゃうんだよ。
あるひね、
かみさまがやってきてね、
ぜーんぶけしてしまうの。
うん、ほんとだよ
ママもパパもじーじもばーばもワンワンもオウチもみーんな。
だからさ、
そのオモチャはさ、
かわなくていいよね?
母が、嫌いだった。
物心つく、
少し前からたぶんずっと。
食卓で向かい合って味噌汁をすする母と、納豆をかきまぜる私の間には、シンドバッドが置き去りにされたそれよりもずっと深くて、険しくて、越えられない谷があった。
とにかく昨日までいろいろあって、
今日私は、母に殺された。