彼女とキスを交わした、あの時が懐かしい。
彼女と交わしたキスは、俺のファーストキスだった。
男にとって自分のファーストキスなんて、特に興味はない。
ただ、あの瞬間が一番幸せだった…
彼女の名前を呼ぶ声…
彼女の潤んだ瞳…
彼女の甘い吐息…
彼女の唇の感触…
彼女の――――…
彼女の一つ一つが愛しく、
彼女の一つ一つに欲望をかき乱された。
壊れるほどに強く抱き締めたい――
彼女には、こんなにも自分を想ったことはないだろう。
ただ断り切れずに付き合っただけだから。
――今思えば、あのキスをした少し前から彼女の様子がおかしかった。
うわの空で話を聞いていることもあれば、ため息を吐いていることもあった。
あの時からすでに愛想を尽かされていたのだろうか。
それとも、
他に好きな人ができていたんだろうか。
――だったら、なぜ…
――なぜ、キスを受け入れたのだろう。
そこまで考えを巡らせて、ふと気付いた。
今まで何か一つでも彼女が意志表示をしたことがあっただろうか。
好きな人がいても言えずに悩んでいたんじゃないか。
そう思うと、彼女への怒りは自然となくなってしまった。
――彼女に悪いことをした
自責の念を感じたが、
別れようという気持ちは起きなかった。
意地を張っているわけでも、困らせようとしているわけでもない。
ただ、
自分でも説明できない感情が、彼女を手放すことを拒んでいた。