「叶わないから、夢なんだよ」
「叶わない、から……?」
そっ、と言って、彼は立ち上がった。
「一生懸命努力して届くようなもの、今1%でも可能性のあることは夢じゃない。本当にそうなりたいけど、なれるはずのないこと。そういうものが夢だと俺は思う」
彼は部室の窓から空を見た。
「ありきたりな例えだけど、夢って星のようなものだと思うんだ。どんなに頑張っても届かない、でも、なんとかたどり着きたいっていう魅力のあるもの。
今、星には行けないよな。でも、月には行けるようになった。月には届いた。何千年、何万年と大勢の人が努力してきて、百年くらい前にやっと、それが夢じゃなくなったんだ」
電気がついていない部屋はもう暗くて、互いの表情は読みとれなかったけれど、私には彼が笑ったように思えた。
「だったら、星にも届くはずだろ?
また何千年、何万年、あるいはそれ以上かかるのかもしれない。とにかく、どんなに努力しても、俺自身がそれを見届けることはきっとできないんだよ」
だから夢は叶わないものだって言ったんだ。夢が夢じゃなくなるとき、夢見た人は生きてないから。
彼はこともなげにそう言った。
「だけど、1センチでも1ミリでも星に近づけるのなら、俺の努力は無駄にならない」
「……」
前々から子供っぽい人だとは思っていた。
でも彼は子供っぽいのではなく、本当に思考が子供なのかもしれない。あるいは、ものすごくポジティブな性格なのか。
「……先輩の夢って何ですか?」
私が敬語を使ったからか、目を見張ったが、答えてくれた。
彼は大まじめな顔で言った。
「世界中の人が、病気で苦しまないようになること」
私は思わず吹き出してしまった。
「何、その小学生みたいな夢」
笑い続ける私に、彼は不機嫌に言った。
「その幼稚な夢があったから、今の暮らしがあるんだよ」
どうせ笑われると思ってた。
そう言って、彼はよそを向いてしまった。
その背中がとても寂しく見えて、私は半ば本気で言った。
「……先輩のこと、応援してますよ、私」
しかし彼は、冗談だと信じて疑わなかったらしい。私に向かって軽く笑い、ありがと、と言った。
「いいんだ。たとえ俺一人でも、やるって決めてんだから」
そう微笑んだ顔が、また寂しそうに見えた。