「爺さん早く戻ってこないかなぁ」などと考えながら釣り糸を垂らして早や数十分、老人はなかなか戻ってこない。もしかしたら昼飯でも食べているのかもしれない。
いい加減、イライラし始めたその時である。ピクッと竿に反応があった。ついにアタリがきたのか、と僕は竿を握りなおした。
信じられないくらいの大物がかかったのだろうか、竿が大きくしなっている。水面を見ると、何か大きな影が動いているのが見えた。ここで逃がしてなるものかと思い切って竿を引き上げる!
ザバァッ!という音と共に水面から現れたのは緑色の変な生き物だった。子供くらいの背丈に亀のような甲羅、そして鳥のような嘴を持っている。
それは、どこからどう見ても河童だった。よく見ると嘴からは釣り糸が伸びている。どうやら僕が釣り上げたのではなく、水の中にいた河童が、嘴に釣り糸が引っかかったので自分から立ち上がっただけのようである。
河童は川岸に上がってくると非難するような目で僕を見て、無言で(そもそも喋ることができるのかはわからないが)嘴から釣り糸をはずし、そっと『釣り禁止!』の立て看板を水かきの付いた手で指差した。
「ごめんなさい」
僕は思わず謝っていた。こちらに非があるのは明らかである。すると河童はまたしても無言で僕に釣り針を手渡すと、そのまま座り込んでしまった。謝罪を受け入れてくれたのかどうかはわからないが、少なくとも危害を加えてくるようなことはないようだ。
このとき僕は、河童などという空想上の生き物が現れたことに対する驚きを持たなかった。おそらくショックで感情が麻痺していたのだろう。ただ、生まれて初めて見る生き物が物珍しくて様子を観察するだけだった。