「ねぇどこまで行くの?ネコさんは?」
2人は事務所の近くの河川敷まで来ていた。太陽は沈みかけ空半分は群青色に、もう半分はオレンジ色に染まっている。
「もうすぐ。そこの橋の下にいるよ」
男は優の手を引き転びそうになりながら土手をおりた。
まだ春の始めで顔に冷たい風を感じる。
橋を支える柱の裏まで来ると優は男の袖を引っ張った。
「ねぇ、いないよ。逃げちゃったのかな?」
男はわざとらしく困った顔をした。
「う〜ん、そうだね。柱の裏にいたんだけど…逃げたかも」
優は残念そうな顔をしてしゃがみこんだ。
それを見た男もしゃがみこむ、妙に優との距離が近い。
優は拒絶することなくただ遠くを見つめている
「優ちゃん?この前食べた焼き肉おいしかった?」
優は顔を上げた。
「んー…まぁまぁ、ちょっと固かったかな」
それだけ言うとまた川面に視線を戻した。
「そっか…あれは牛肉なんだけどさぁ、一番おいしいお肉って何か分かる?」
優はその質問に首を横にふって答えた。
男の顔は笑いをこらえているのか歪み始めている。
「牛とか豚とか正直味の違いが分かんないんだよね…でもそのお肉は『一人一人』ちゃんと味が違うんだよ」
優はハッと何かに気づいたように男の顔を見た。
「違うよ『一頭一頭』だよ。『一人』は人に使うんだって、京ちゃんが教えてくれた」
優のあまりに無邪気な顔を見てついに男の口元が綻んだ。
「いいんだよ『一人一人』で…」
そういうと男は優の肩に手を回すと柔肌に食い込むほどに肩越しに腕をがっちりと掴んだ。
「…痛い…!」
男は痛がる優を見て更に顔が歪みだした。男はゆっくりと優の首筋に顔を近づけ始める…。
…………
………………
「…………!」
男は予想外の状況に目を大きく見開いた。
『深野、お前水切り何回できる?』
無精髭の男と若い男
『ちょっと朝倉さん!焼き肉屋に人食い男の事調べに行くんでしょ!?水切りなんてやってる場合じゃないですよ!』
『水切りって最後のほうものすごくあやふやな感じで終わるだろ?だから正確な記録は分からんけど結構うまいぞ俺』
「………」
男と目があった朝倉はもっていたメモ帳と男を交互に見ると男に近づいた。