――谷澤くんのあの告白、あの約束は、本気だったんだろうか…
あれ以来、一度も声をかけてくることもなかったし、目を合わせることもなかった。
“彼の質(たち)の悪い冗談だったのかも”
そんな思いが頭に浮かんだ。
あの言葉だって、彼にとっては挨拶代わりみたいなもので、
誰にでも気軽に言えるものだったに違いない。
本気になりかけた自分がバカみたいで、恥ずかしかった。
けれど、
約束の日の前日、唐突に彼が話し掛けてきた。
時間は放課後。
ホームルームが終わってまだ間もなくて…
教室には少なからず人がいた。
そんな中、谷澤くんが私に声をかけてきた。
注目を集めたのは言うまでもない。
みんなの顔には、一様に不思議そうな表情が浮かんでいた。
その中に弘人くんがいなかったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。
谷澤くんの話は極めて短かった。
――それを『話』と言って良ければ、だけれど。
彼は、明日の待ち合わせ場所と時間を言っただけで…
私の同意の言葉さえ待たずに言ってしまった。
もちろん、同意なんてするつもりはない。
“こんな冗談やめて欲しい”
って言いたかっただけなのに。
彼は、それすらも言わせてくれなかった。
一人残された私は、みんなの好奇心に満ちた瞳に晒(さら)された。
一部には嫉妬の色を浮かべるものもあった。
「栗原さんって、大人しそうにしていて、案外遊んでるんだね。」
思いがけず耳に入ってきた言葉――
怒りと恥ずかしさで、思わず涙が出た。
――そんな中、私を助けてくれたのは、
パンッパンッ!!――
と威勢の良い柏手を叩きながら、
「 はいはい。
みんな邪魔〜。
掃除するから出てね〜 。」
という雰囲気を一転させるような明るい声の持ち主で――
不満そうだった男子を有無を言わせず教室から追い出し、
「 はい、そこ!
あんたは掃除当番でし ょうが。
どさくさに紛れて逃げ ようとしないの。」
なんても言える、さばけた感じ。
それでいて、魅力的な笑顔で、男女別け隔てなく愛された。
――そんな女性。
私に勝ち目なんて最初からなかった。
彼女の名前は、
『藤本綾乃』さん。
――彼が片思いしている相手だった。