裕一は言葉を失った。
女はつり目がちな大きな瞳を、じっと裕一の顔に据えている。
二人の間に音はなく、ただ裕一の耳には、自分の心臓の鼓動が、うるさいくらいに響いていた。
(……何だよ、これ?)
裕一は、こんなのおかしい、と思った。まるで、誰かと約束していたのに、裏切られた気分だ。胸がきゅうっと狭くなる。悲しみが心を押し潰した。
(……違う。)
裕一は頭を振った。これは、違う。どうしたっていうんだ俺は?たった今会ったばかりの人間に、なぜこんな気持ちになる……!?
裕一は必死でこの変な気分を変えようと、女の様子を観察した。
女は裕一より二つくらい年上に見えた。キンとよく似た、全身黒ずくめに、病的に白い肌をしている。ただ少し違う所は、女が四角い制帽をきっちり被っていた事だ。制帽からはみ出した豊かな黒髪は、肩を覆うように広がっている。そして、その目。女の目はキンとは違い、きれいな瑠璃色をしていた。
それから、裕一はふと思った。
金色の瞳をした少年の名前がキンなら、この女の名前は、もしかしたら――。
「……ルリ?」
そっと囁くように呼ぶと、女はびくっと肩を揺らした。目が大きく見開かれる。信じられない、という顔で、裕一を見ている。
女は唇を震わせた。
「ダ……」
それから、女ははっとなった。
次の瞬間。女の取った行動に、裕一は驚いて呆然とした。
裕一の首筋に、まるで刃物のように銀色のスティックが突きつけられている。
「……動かないで」
急に厳しい顔になった女が、怒気をはらんだ声で言い放った。女の鋭い気迫に、裕一は声も出ない。
「振り向かずに真っ直ぐ歩いて、今すぐここを出ていきなさい。そして二度とここへは近づかないで」
「な…っ!?」
さすがに反発を覚えた裕一だったが、女は一向に気にしなかった。ただ必死な様子で、
「早く出ていきなさいっ!」と叫んだ。
何がなんだかわからない。裕一は反論しようと口を開きかけたが、その時、背後に何かの気配を感じた。
ぞっとした。
言い知れぬ恐怖に縛られ、裕一は動けなくなる。
女は裕一の背後の闇を凝視したまま、歯を食いしばった。
「だから言ったのに……!」
恐ろしくてたまらなかったが、裕一はようやっと首だけ動かして、女が見ているものを見た。
闇の中で、おぞましい異形のモノが、蠢いていた……。