『ひょっとしたら大勢の生徒が死ぬのも、彼の計算の内にあるのかも知れない』
九重モエはそう、正直な感想を述べた。
だが―\r
『また会長の梅城驚異論が始まった』
安東タロウを皮切りに―\r
『相手は従姉妹の復讐の為に平気でルールをねじ曲げる様なヤツですよ?』
『力はあってもそれを使いこなす知性が足りない―ただの独裁者気取りじゃないですか』
『思考も方針も未熟にして幼稚―こんなヤツ恐れる必要もありますまい』
『そうそう、彼を過大評価し過ぎですよ会長』
『大体兵力も財力も我々穏健派は連中の三倍もある―改革派なんていつでも叩き潰せますよ』
口々に出てきたのはこの期に及んでも危機感とは全く無縁な茶化しだけだった。
確かにこの東京で穏健派は主流だし勢力も強大だ。
だから彼等役員達の所見にも一理あるのだ。
第三中学校と違って同じ生徒会長でもここではそれは独裁者を意味しない。
あくまでも合議組織のリーダーに過ぎない。
大勢に逆らってまで自説を押し通す分けにも行かず、九重モエは口をつぐむしかなかった。
しかし―\r
『はっ、オマエラの目は節穴か?』
役員達の折り畳み机から見て遥か廊下側、パイプ椅子のみの見学席群の中から誰かが立ち上がり―\r
『これが穏健派か―こんなんじゃあ三日もありゃ叩き潰すなんて造作もないなあ』
学ランに黒い長髪の男がそう鼻息を荒くした。
『公立第二中学校の大隈会長か―君の発言は求めていないが?』
あからさまに不快気に、安東副会長はそれに応じた。
『君だって同じ穏健派じゃないか』
『ええ―ですが喧嘩は大好きです』
大隈リキは穏やかに凄んで見せた。
『ふん、オブザーバー風情が!誰かコイツを摘みだせ!』
真っ赤になって安東タロウは風紀委員に指示を出した。
『ええ、ええ確かに俺は部外者ですよ。別に言われなくても出て行きますわ』
行儀悪く黒いズボンのポケットに両手を突っ込みながら、大隈リキは背中を向けて廊下に去ろうとした。
だが―\r
『待ちなさい』
呼び止めたのは―\r
九重モエだった。
『《去る者は追わず》です―ですが、ただ帰るためだけにここに来た訳ではないのでしょう?』