《おめでとう。》
風とともにやってきた彼女は春の妖精だ。人の姿を好み,少女に化けている(といっても全体的に透けていて,人間でいう幽霊のようだ)。
『ありがとうございます。』
《あら,何のことか分かってるってことは,願いはもう決まっているのよね?》
口調は驚いているようだが,表情は微笑んだままだ。
『はい。』
桜の花が妖精の肩に落ちる。それを妖精は自分の赤毛に飾り目を閉じた。
すると,風が止み辺りが静まった。
《【百年目の願い】。主が誓い,今果たす時が来た。さぁ儚く強い想い桜の子よ。叶えたい望は何か。》
少女の姿をしている小柄な妖精がやけに大きくみえた。
『僕の【百年目の願い】は…人になることです。』
《……ひと?…貴方の願いは人になること?》
妖精は眉間にしわをよせた。
《その願いは難しいわ。何年もかかるかもしれない。…わたしは願いが叶えられることで,貴方が悲しむのは嫌よ。》
桜は何も言わず妖精の姿を見た。
《確かにわたしも人の姿を借りているわ。でも,人に見られたことは一度もない。貴方は人と会ってしゃべりたいんでしょ?》
『そうです。…貴方を困らせたくはありません。でもっ…少しの間だけで良いんです。お願いしますっ!』
桜の木の強い想いに妖精は折れた。
《分かった。【百年目の願い】を叶えることは絶対。ましてや,春の妖精が桜の願いを叶えられなかったなんて,他の妖精たちの耳にでも入ったら散々ばかにされるに決ってるわ。》
桜は枝をざわつかせ蕾だった花を一斉に咲かせた。