私が、死んだ日。5

1003  2008-03-16投稿
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悪戯っぽく声だけで笑ってから、ほんの少し拓海は顔を上げた。

「…え…。」
私は、驚いたままでしかいる事が出来ないでいた。

確かめたくても、拓海の顔がまだよく見えない。

嫌われては、いないのかもしれない…。

小さな期待を胸に覚えながら、拓海の顔を私は覗き込んでみた。



「…あんま、見んな…。」
ポツリと呟きながら軽く鼻をかく仕草をしている拓海の顔は、優しく照れていた。


「…照れる事、ないじゃないですか。」
覗き込んだまま、私は言った。



この人が、愛しい。
素直にそう想える。



いつまでも拓海の顔を覗き込んだままの私を正するみたいに、拓海の右手がポンポンと私の頭を撫でた。
まるで子供をなだめるみたいに。


「偉いな。榎本さんは。」
そう言ってから、拓海は奥の事務所へ歩き出した。
拓海が触れた感触を私に残して。


「あの。手紙、伝わりました。すごくすごく嬉しかったです。」
私は、拓海の後ろ姿に言葉を投げる。



まるで。
一瞬だけスローモーションのように、時間がゆっくりと流れ出したみたいに。


静かに、
穏やかに、
彼は振り向いた。



その瞬間、私の頭の中は真っ白で。
どんな顔をすれば良いのかわからない程。



子供みたいに笑うのは、初めて見た拓海の笑顔だった。


言葉も無く笑顔で返事をした拓海は、また鼻を軽くかいてから、両手をはき慣れたジーンズのポケットに入れた。


それから、また後ろ姿を私に向けて歩き出す。



見慣れた拓海の後ろ姿を見つめながら、私の恋は始まった。


失恋確定のこの恋を、嘆きたくはなかった。
それでも諦められない事を思い知った私は、真っ直ぐこの恋に向き合おうと誓って決めた。



*****


あの日の拓海がくれた初めての笑顔をすぐに思い出せるのは。

きっと。

私の運命は、あの笑顔を拓海がくれた時に決まっていたからなんだよ。




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