「行ってきます」
朝、学校に行くのに母に声をかける。いつもの事だが返事はない。私はテーブルに置かれた500円玉を握り家を出る。
母は私が中一の頃から急に病弱になり、朝は必ずと言って過言は無い位、床の中。そんな学生生活を6年間続けた。
その間、私にも彼氏がいたり、若い頃ならではの切なかったり楽しかったりの生活を送っていた。
社会人となった私は結婚を前提にお付き合いしている人がいた。しかし、彼は酒乱で暴れ出すとされるがままでいることしか出来なかった。
同僚だった彼は人望も厚く、期待された人だったが、一度(ひとたび)酒が入ると「てめえ、なんであんなやろーと楽しそうに話してんだよぉ!」
などと、わけの解らぬ状況と恐怖の中私は引きずられ、裸にされ、泣いていた…。
「別れたい…」と何度も思った。でも怖くて言い出せなかった。
ある日、母親が手術する事となった。母は自分でトイレに行けないくらい衰弱していたからだ。
布団から「トイレ行きたいよぉ」と悲痛な声が聞こえると、屎尿瓶片手に母の排泄の処理をしなくてはならなかった。
私は心から嫌だった。
あんなに元気だった母が、以前までバレーボールやダンスをやっていた母が
「なんでこんなになっちゃうの?早く歩いてよ!」
自分では何も出来ないのが悲しくて切ないくて情けなくて…。
手術日…そして終了後、
医者から「ご家族の方こちらに来て下さい…」
私は経過を聞くつもりで父の横に座った。
医者からの説明は「ガン細胞に触れると出血が止まりませんでした。出来る限りは尽くしましたが余命は一ヶ月でしょう」
「ちょっと!何それ!?」余りにも突然の余命宣告で頭は真っ白!
でも父はずっと以前から知ってました。母にも誰にも教えずに、父は一人耐えていたのです。
余命を宣告されてから父は一ヶ月、仕事に行きませんでした。きっと最後まで一緒にいたかったんだと思います。
通夜、葬式は両日共に雨でした。父は通夜の席で倒れ、私はまだ夢の中にいる感じです。
雨の中、位牌を抱き、空を見上げていた父…。
泣きながら位牌を離さなかった父…。
あの日のような雨が降ると思い出す。明るく気丈な父が子供のように泣き叫んでいた、あの雨を…