零之章
固く閉ざされた廻廊から無数の蔑みが息づいているのが堅牢な牢を隔てて感じられる。
城戸圭介はその憎しみに満ちた言葉を切り裂くように進んでいた。
黒を基調とした彼の姿は強かな夜行性の獣を連想させた。蛇、蝙蝠、狼、ハイエナ…それらの獣の血は、確かに城戸の中に息づいている。闇をさ迷い、本能のままに狩る。唯一、獣と城戸の違いは、その目的が「生」の為でないことだ。自分が意味を持って「死」を迎えるために、ひたすら狩りを続ける。
あの日城戸はそう決めた。
そうしないと自分の中の獣の血が自分の人間を喰い尽くしてしまうような気がしたからだ。
突然城戸は足を止めた。
城戸の視線の先…そこには城戸を獣にした男がいた。
しかし、城戸はその男を殺すことができない。二人の間には目に見える牢以外に幾つもの壁が隔てていた。そして何より、その壁の殆どが「社会」であり、世間一般の「正義」であることが城戸の憎しみを駆り立てた。
「やぁ…久しぶりだね」
牢の中の男が声をかける。城戸は何も答えない。
「君ぐらいのものだよ…この希代の殺人者、御子神仁の面会に来る刑事なんて…」
「黙れ」
城戸は吐き捨てるように言った。御子神は口元に笑みを浮かばせ、城戸を見つめた。
「怒っているね。そういう顔は君の妹によく似ている」
「貴様に妹のことを語る資格はない」
「資格なんて…十分だよ。私は君の妹を殺したんだから。それが君と私のつながりなんじゃないかな」
獣の血が城戸の体内を暴れ狂う。目の前の男を「狩れ」と…
城戸はゆっくりと踵を返し出口へ向かった。御子神の嘲笑と周囲の蔑みが彼の脳裏に焼き付いていた。