「……ちゃん!」
ん?
「……ちゃんってば!」
誰か、俺を呼んでる――?
「お兄ちゃん!!」
ガバッ。
飛び起きると、そこはソファーの上だった。
弟の雅文と妹の美里が、心配そうに裕一の顔をのぞきこんでいた。
「お兄ちゃんだいじょうぶー?」
「ソファーなんかで寝たら、カゼ引いちゃうよぉ」
口をそろえて言う小さな二人を見ている内に、だんだん記憶が戻ってきた。そうか……。昨日の夜、ふらふらしながらもなんとか家に帰ってきて、着替える気力もなく、ソファーに突っ伏して寝てしまったのだった。
(母さんが帰ってきた様子は……ないな。そのまま会社泊まりか。父さんは朝飯食ってったみたいだけど)
と言っても、流し台にはご飯茶碗とはしが寂しく置いてあるだけで、恐らくご飯に卵をぶっかけただけのつまらない朝食だったのだろう。飯炊いておいてよかったな……と裕一はぼんやり思った。
「……っと、今何時だ?」
「8時でーす」
「8時ー!」
妹達は元気よく答える。美里がわりとしっかりしていて、二人共ちゃんと服に着替えていた。まだ間に合うかな――。裕一は少し急ぐことにした。
キーンコーンカンコーン。
学校の予鈴が鳴る。
裕一は久しぶりに、高校へやって来た。
別に大した理由はない。ただ、連日の奇妙な生活から離れて、『日常』を感じたかったからだ。
(……別にあいつらの事が嫌とか、関わりたくないわけじゃないんだけどな……)
キンとルリを思い浮かべて、変に言い訳している自分に気づき、思わず苦笑しそうになる。まったく、俺らしくもない。前は他人のことなんてどうでもよかったはずなのに……。
まばらな生徒達の間を縫って、自分の席に着いた。引き出しに手を突っ込むと、『ゆーいち』と殴り書きされた教科書が出てきたのでホッとした。よかった、席替えとかはしてないみたいだな。
「河井クン?」
高い声に呼ばれて、少しうとうとしかけていた裕一はハッと目が覚めた。机の前に一人の女子生徒が立っている。
ろくに学校へ来ない裕一には、友達と呼べる人間はいなかった。もともと愛想がいいわけでもない。中学からの知り合いの男子が一人唯一しゃべれるだけで、後は知らないはずだった。ましてや女子なんて……。
顔を上げると、背中まで届く金髪を三つ編みにした少女が、ニコッと笑って立っていた。