普段は穏和なみくが突然口調を荒らすので、博文はビクリとした。一見生真面目な暁が実は臆病者だと知り、みくは暁との絶縁を他校生に仄めかす程幻滅している――そうでなくても、自分の思う通りにならずに不貞腐れている連中とは絶縁する事にしているが。
大学で何を学びたいか、センター試験の反省会ではろくに話していなかった。みくから話を振る。
「私の所の連中は公立の子に負けたくないだけで、大学に受かる事が全てなの。そんな状況で自分を保つのが大変でね、ピアノが一番の癒しアイテムだったわ。自分の進路をお母さんに勝手に決められた時もピアノの音色に癒されていたな。自立した女になる為に、音楽療法を研究したくて心理学を学びたいね!」
「ほほぉ。大きく出ましたねぇ。でも、若い頃の苦労は自分から進んで買って出るもんだよ。俺は語学を鍛えて世界を相手に仕事するなら地元より都会の大学を出る方が有利だと思って、横浜国立を狙うのさ。それよりレベルが上の私大に受かったら話は別だけど、どうしても留学したいからなぁ」
みくは首をかしげて考え込む。
「留学ねぇ。本格的に心理学を学ぼうと思ったら留学を意識しなきゃならないかなぁ?」
「どうして?」
「日本の心理学の研究は国際的に大きく遅れてるそうよ。アメリカへ行って最先端の研究を目の当たりにするくらいの気持ちがなければ、世界と肩を並べられないもの」
千聖が学校で言っていた事を思い出した。「自分が国の将来を背負って立つ」、「自分の国の遅れている学問は海外から吸収する」――今の自分には、自分の国を良くする為に留学するという発想がない。就職活動の武器とする為に留学を視野に入れている程度でしかない事に気付いた博文は恥ずかしくなってきた。
みくは泉を引き合いに出して、留学するには具体的な理由づけが必要だと博文を説く。
「桜庭で仲良しになった女の子は、いつかは自分の店を持ってアジアを中心に取引したくて、手始めに英語を熱心に勉強して、大学で経営学と中国語とタイ語を勉強するって目標を立ててるわよ。そんな子は桜庭では少数派だけどね、大東亜帝国レベルで安売りする様な子じゃないよ」