ブランデーの瓶が薄暗い部屋の片隅に投げつけられる。
粉々に割れたそれは、ちょうど隣に座っていた子供にまで危害を加えそうになる。
しかし、まるで自分には怪我をするという概念が無いかの様に子供は膝を丸めたままきょとんとしていた。
自分には関係の無い、喧嘩だ。子供の瞳は揺らがずただ一点を見つめていた。
此処ではない別のどこか、此処にはない別の何かを。
「お、TK(ティーケー)!今日も稼いできましたか〜」
アパートの一室。
キッチン風呂付きで部屋は計4部屋。
TKと呼ばれた男はホスト風の恰好にわざと似合わない、大きなサングラスをかけていた。
呼び声の主は、揺らがない瞳でTKを見つめていた。
二人は笑いながらTKの持っていたバッグの中身を覗いた。
「これだけ稼げば十分っしょ」
「リボン、TKがやってくれた」
キッチンから姿を現したパンクファッションの若い女性はTKの背中をバンと、叩いた。
「さっすが。色男」
「ども」
「サル坊、あんたも稼いできなさいよ〜」
リボンが独特のハスキーボイスで言った。
揺らがない瞳の持ち主・サル坊は、笑いながらテーブルにグラスを三つ、缶ビールを一本運んだ。
「俺は、このアパートの管理人なわけだから、働かなくって良いの」
一人でビールを飲み始めたサル坊からグラスをひったくり、TKが代わりに一気に飲み干した。
「まだ飲むのか」
サル坊は笑い、残りの二つにもビールを注いだ。
「地中海風リゾットお待ち〜」
リボンが持って来たリゾットは見た目素晴らしく、中身も負けず劣らず美味だった。
サル坊とTKには欠かせないリボンの才能の一つだ。
サル坊。
TK。
リボン。
三人はこのアパートで実を寄せ合って生きていた。
この奇妙な三人が気に召さないのか、アパートには他に誰も住んでおらず、三人も別段気にしてはいなかった。
それどころか、三人は互いに本名すら知らなかった。
しかし、三人は生きていた。
サル坊が家事全般を受け持ち、リボンが料理を作る、TKは大事な稼ぎ屋だ。
三人が一緒に生きる理由は、ただの成り行きだった。
理由とも呼べないのかもしれない。
それでも、お互いの過去も知らず、ただただ三人は生きていた。