「ん?」
その声は小さく、弱かった。下を向いていたキョンは顔を上げた。瞼から弾けた涙は孤を描いて床に落ちる。
「行かないで、私の側にずっといて」
俺の手を握り締めたままもう一つの涙はキョンの頬を伝い、口元に吸い込まれていく。ベンチに座ったキョンに向かって俺は中腰になってキョンを抱きしめた。
「側にいるよ」
『でも北海道に帰っちゃうじゃない?』
「うん。でもね姿や形は無くても繋がってるものもあるでしょ?何だと思う?」
『…気持ちとか?』
「そう。お互い好きだっていう気持ちだよ。キョンだって東京でお仕事してるから離れられないだろ?俺も北海道でちゃんと仕事しないとキョンに会いに来れなくなるよ?それでもいいの?」
『それはイヤ!!』
「でしょ?キョンが昨日あの曲を弾いてくれたのは仕事だけど俺の為にも弾いてくれたでしょ?めちゃめちゃ嬉しかったよ。だから俺もキョンの為に一生懸命働いて、そのお金でキョンに会いにまた来るんだよ。この意味わかるかい?」
キョンは顔を縦に振った。俺にとってキョンは生き甲斐になっていた。キョンの為に仕事をして、キョンの為に会いに東京に来る。その気持ちをわかって欲しかった。そしてわかってくれた。
キョンは泣くのを止めて、立ち上がった。
『ソウキュウが北海道に出張に行ったと思ってくれれば少しか気持ちが楽になるのかなぁ?』
「じゃあ、バイバイじゃなくて行ってきますだね」
『そうだね、泣いてごめんね』
「いいんだよ、キョン。愛してる、ちゃんと帰ってくるからね。行ってきます」
『私も愛してる。ソウキュウ、いってらっしゃい!』
こうして俺は東京を後にした。
キョンはその後、空港で少し泣いていたと言う。来ないと思っていたコンサートに俺が現れた事がまるで夢のような感覚だった事。それを思い出していたのだと俺が北海道に戻ってきた時に教えてくれた。
それからというものキョンとTELする度に次に会った時に行きたい場所をキョンは話してくれた。
俺はそうだね、そこもいいね!と言い、キョンに対して2つ目の嘘をついた。
どこが嘘かって?
それは次に話すとしよう。
俺とキョンにとって二番目のサプライズが迫っている。それはサラリーマンにとって嬉しい時期である7月の出来事だった。