「違う！俺はダイダイじゃない！！」
気づけば裕一は叫んでいた。
嫌だ、と思った。初めてキンに対する――想像の看守に対する拒絶が、胸の中に広がった。違う……俺は！こんな異常な存在の仲間なんかじゃない！仲間だと考えることすら、身の毛がよだつほど恐ろしいことだった。
しかしキンは、平然と裕一を見下ろしてくる。
「……どうかな」
「本当だ！だいたい、そんなのおかしいだろ！？俺は普通の人間で、最近まで普通に暮らしてきたんだ。お前らが俺の生活に入り込んでくるまで、ずっと……」
そう、ずっと普通だった。これまでは。退屈な日常だったが、何かが起こって欲しいと思っていたわけでもない。裕一の周りはいたって平和だったし、裕一はそれで満足していた。
「じゃあキミはどうして、ボク達のような異質な存在を平気で受け止められるの？人間ていうのは、自分と違う存在に恐怖し、差別して遠ざけるものでしょ？」
「それはっ……」
「ルリのことだってそうだ。初対面なのにどうして気になる？キミは初めてルリに会った時、こう思ったんじゃないのかい？」
キンは一呼吸置くと、一気に言った。
「すごく好きだって。初めて会ったけど、誰よりも愛してるって！」
「……！！」
裕一は凍りついた。キンは、知っている！？一体どうして……！？
歯を食いしばって、裕一はキンを見上げた。今ではキンも必死な顔をしている。二人は息を切らしたまま、互いにキッと睨み合った。
「……もう一つ、教えてあげるよ」
やがて、少し落ち着いた表情になったキンが、ポツリと言った。
「ダイダイはルリの恋人だったんだ」
「……！」
裕一は目を見開いた。心臓が狂ったように脈打っている。
(……違う！俺は知らない！俺はダイダイなんて――)
じゃあこの感情は何だ？キンやルリ、異質なる想像の看守達と付き合えば付き合うほど感じる“懐かしい”という気持ち。
ルリに逢いたい。逢って色んな事を話して、笑い合って……。そんな妄想が頭を支配するのはなぜだ？いや、そもそもこれは妄想なのか？
それとも――？
(記憶、とでもいうのか？――ダイダイの？)
それは、恐ろしいことだった。ただでさえ曖昧な『自分』という存在が、さらにぼやけたものへと変わっていく。自分が自分ではない、まったく別の未知なる存在だとしたら……『裕一』はどこへ消えるのだろう。
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