見つめ合うとすぐに
私は彼と口付けを交わした。
とても不思議な気分だ…。
今、目の前で目をつぶる男の事なんて、何も知らないし、多分好きじゃない。
それでも、夢中で唇を重ねる程に温かい物を感じて、体が熱くなる。
コートのポケットに突っ込んだ携帯が私をしきりに呼んでいたけど、私はそんなの無視して、彼との時間を楽しんでいた。
「まだ帰らなくても平気?」
彼の言葉に、私は迷わず頷いた。少しだけ罪悪感を感じる。
優しく手を握る彼の温もりで、その罪悪感はあっと言う間に消え去った。
それから、さよならを言うまで、私達は夢中だった。
偽りの愛。でもその瞬間だけは愛し合った。
帰り際に彼が「またな」なんて名残惜しそうに言ったけど、私達に"また"なんてない。
今日限りでおしまい。
何気なく携帯をポケットから出して開くと、着信履歴が彼氏の名前で埋め尽くされていた。
何だか今更だけど、後悔と自戒の念で涙が出た。
それと同時に、沢山の言い訳を考えて沢山の嘘で体をいっぱいにした。
空には朝日が眩しく昇り澄んだ空気が汚い私を、少しだけ浄化した気がした。
彼氏の待つマンションのドアの前に立つと体が震えた…。
ゆっくりドアに手を伸す。
静かな8月の朝。