「……離せ」
怒りを押さえながらも低い声で言うと、クロはおもしろがっているように口角を上げた。
「ほぅ…。少しは肝がすわってるようだな。だが――『離してください』、だろ?」
裕一はピクッと眉をつり上げた。床はひんやりと冷たく、背中から冷気が染みてくるようだったが、体は対照的に熱くなった。
無理やり起き上がろうともがいてみるが、クロの手はびくともしない。
「どうしたどうした?ダイダイならこのくらい、楽勝で起き上がったぜ?」
愉しそうなクロの声、『ダイダイ』という名前に、裕一はついに切れた。
フンッという気合いの息と共に肩に力を入れ、裕一は跳ねるようにして起き上がった。
クロは一瞬ぽかんとした。襟から離れた自分の手を、びっくりしたような顔でぼけぇっと見ている。
だが、それも一瞬の内で、すぐにクロの顔に壮絶な笑みが戻った。
「そうだ。そうでなくちゃな、ダイダイは」
裕一は立ち上がってクロを見下ろす。
「だから、ダイダイじゃないって言ってんだろ!」
「まだそんな事言ってんのか」
ハァーっとため息をつきながらガリガリと頭をかくと、クロも立ち上がった。
まるで壁がそそり立ったような姿に、裕一は思わずたじろいだ。クロは身長190センチくらいはあった。せいぜい170センチすぎの裕一とは、ほとんど頭一つ分ほども違う。その上クロはかなりいい体格をしていた。
「どうしたダイダイ?」
怯む裕一を見下ろすクロの顔には、余裕の表情がありありと見える。
その時、キンが横から、怒った様にスティックでクロの腕を叩いた。
「それよりクロ!ルリを閉じ込めたってどーゆうこと!?何でキミがここにいるんだよ?」
クロは面倒そうにチッと舌打ちした。
「テメェは出てくんな!」
「ボクの質問に答えてよ!」
「るせぇ、黙ってろどチビ!」
「クロ!」
「あーハイハイ、閉じ込めたよ?閉じ込めましたとも!……ったく!」
クロが面倒そうに白状すると、キンは顔をしかめた。
「何でそんなこと……」
クロが得意気に裕一を指差す。
「ルリをこいつに近づけるわけにはいかねぇからなァ!」
「まだそんなことを……!」
呆れて肩をすくめるキンとクロとを慎重に見比べていたが、裕一はやがて口火を切った。
「……どういうことだ?俺がルリと近づくことの何がいけない?」