「…いやよ」
リノはニコッと笑った。瞳の端に残る涙の輝きが泣き笑いに見せている。翠は首を振った。
「だめだ」
「そっちこそダメよ。私達は運命共同体だもん。出口には二人で行くの」
翠は辛そうな表情を見せ…諦めたようにリノの肩を叩いた。
「しょうがねーなぁ。とにかく、ここからは全力ダッシュだぜ?」
「解ってる!…私の足のこと、気遣わなくていいからね。絶対よ?」
翠はニヤッと笑ってリノの額をはたいた。
「嫌だね!」
「何よ、馬鹿!」
リノも翠も、ここが普通の学校の中にいるかのように楽し気に声を上げていた。
負けるもんか。
出る時は二人一緒よ。
リノは、暖かくて優しい気持ちで心が満たされていくのを感じた。
翠がいるなら…きっと私は負けない!
二人は始めにたてた作戦を早くも棄て、全力で階段を駆け降りることにした。
時間のロスを考えてのことだ。
それに、はじめ明かりをあれほど嫌った奴が、弱くなった光には鈍い反応しか見せなかった事もある。
そのうち我慢の限界にきて、教室内部にまで入ってくるのも時間の問題に思えたのだ。
「あいつは扉のすぐ横にいる。一気に階段まで走り抜けるぞ」
「オッケー、大丈夫」
本当は、大丈夫どころではなかったがリノは努めて明るく言い放った。
左膝は今や爆発を待つ火山のように熱い。
歩く度に頭にまで響く痛みで悲鳴をあげてしまいそうだった。
階段を降りること。
そんな当たり前の事が、今の自分に出来るか、全くわからなかった。
翠は小さく呟いた。
「…俺さ…。階段下の教室ついたら、リノに話したい事がある」
「何?今、言って」
翠はきっぱりと首を振った。
「…行くぞ…」
扉が開け放たれた。
二人は走った。
機械音が、あれほどの出血だったにも関わらず何事もなかったように追いかけてくる。
はあ…はあ…
何度も上り下りした階段が、かつてないほど遠い…!
非常口の明かりしかない暗闇の中に、ようやく階段を見つける。
翠が風のように視界から消え、リノも続いた。
ガクッ!
リノはヒッと息を呑み、膝の痛みに身体が強張った。
階段の15センチ程の段差に、堪えていた痛みがとうとう爆発したのだ。
ギッギギギイイィィ
間髪を入れずに、影がリノの背中に飛び込んできた。
階段から突き飛ばされ、転がるように転落する。気を失いかけたが、押さえつけられた両肩の痛みがそれを許さなかった。