「馬鹿…か…お前」
棒立ちになっていたリノを、翠が抱え込み…動きが鈍いながらも迫る影を断ち切るように扉を閉めた。
影の脇を擦り抜け、よろめいた翠は、力を使い果たしたかのように床へ倒れ込んだ。
「翠…」
リノはひざまづき、虚ろに見上げた翠を見下ろした。
翠の右腕は、ないも同然だった。
片目は開かれず、噛み付かれ頬は今もなお血を流し続ける。
「あのやろ…俺の腕食べやがって…腹…壊すよな…ざまあ…」
ペッと血痰を吐き出し、ニヤッと笑った。
いや笑ったつもりだったのだろう。
「翠…喋ったらダメ」
声が、遠くから聞こえてくるみたいだ。
リノは指の残っている翠の左手を握った。
「私が…ごめん、翠、私のせいね」
翠は答えず、咳こんだあと独り言のように話始めた。
「大橋リノさん…俺さ…君が好きだった」
「え…?」
翠は続ける。
「リノが教室にいるのに気付いて…告白するチャンスだと思って…俺、一年の時から…ずっと…」
翠の身体が震え出す。
たくさんの血液が流れ出したショックで氷のように冷たい。
「翠、わかったから、もういいから」
翠は掠れた声で話す。
使命とでもいうように、決然と。
「二年になったら…告白…勇気でなくて…俺、リノの笑顔が…」
翠は言葉を止め、にぎりしめたリノの指を微かに握り返した。
そして微笑んだ。
「泣くなよ、会長…」
そして、翠は黙った。
翠の片目は見開いたまま光を失った。
翠の呼吸は止まり、リノは一人になった。