翠が死んだ。
自分への想いを打ち明けて、笑って死んでいった
翠。
リノは呟いた。
体温は見る間になくなり…握ったままの手は、開かれることなくリノの手に包まれていた。
どれくらいの間、こうしていたのだろう。
戸口にいる影の叫びさえ今のリノには届かない。
翠…。
淡い光のなかで、翠の優しい、日焼けした顔が過ぎった。
無惨に引き裂かれた翠の顔ではなく、前向きに力強い翠の両目を想った。
そっと、見開かれたままの瞳を閉じさせた。
ごめん…私…行くね
リノは立ち上がり、ふっと気付いて黒板を見つめた。
それからチョークで書き付けて、もう一度翠を見遣った。
「ありがとう」
リノは椅子をにぎりしめた。
一気に扉を開け放つ。
影は…唸りながら揺れていた。
が、それだけだった。
椅子を力任せにぶつけてやる。
ギギギッッという呻き声をあげるものの、あれほどの怒りが消えたかのように大人しい。
「どういうつもり」
吐き捨てるように呟いた声にも、影はもはや興味を無くしたようだった。しばらくすると揺れていた身体を休めるように床に落とし…小さい子供のようにうずくまった。
なんなのかは解らない。けれど…。
リノは迷わず歩き始めた…玄関へと。
あの紙に書かれていたのが本当にヒントなら、出口に行けばきっと何かが起こるはず。
でなければ、私達はなんのために戦ったの?
答を捜すように、一歩一歩、出口へ向かって歩き続ける。
玄関にたどり着いた。
開け放たれていた大きなガラス扉。
ここを抜けたら…どうなるんだろう?
あと10分できっとチャイムが鳴る。
それまでにここから出なくてはいけない。
…けど。
翠がいない。
一緒に出ようと約束した翠がいない。
リノは震えている自身を抱きしめた。
…翠がいないなら…私だってここにいなきゃいけないんじゃないの?
ポケットに入れたままの紙を取り出した。
真っ暗なはずなのに、何故か書いてある文字が読める気がした。
そして、ふと ある言葉のところで…なぞっていた指を止めた。
死は一…
死。
出口からでなければ死ぬという意味なら、死 の一文字で事足りる筈だ。けれど、死は一…。
もし死は一つ、という意味ならどう?
リノの手元から、紙が滑り落ちた。
出口からでなければ死ぬ…のではなく、出口から出る為には死が一つ必要という意味なら…?