朝
忙しく駅に向かう私。
何時からか時間に追われる社会人になった。
すれ違う学生服がとても遠く感じる。
ほんの少し前、私だって着てた。
なのにもう遠く昔話のように感じる。
思いだそうとしてもあやふや。
あの時私どうしてたんだろう。
電車に揺られて細い記憶を辿り始めた。
春雨が降る入学式。憧れていた高校の制服に腕を通した。
新しいことを始めたくて運動音痴の私がテニス部に入った。
…………違う。
私が忘れてるのは、もっと大切な思い出。
それから…………
それから…………
そう……。
それからアナタと出会ったのね。
そうか。
忘れてたんじゃない。
忘れようとしてたんだ。
自己防衛ってやつだ。
思い出した途端に流れ出てくる。
走馬灯のようにアナタが私の頭の中を駆け巡る。
休み時間に交わしたルーズリーフの手紙
帰りに待ち合わせた自販機の前
一日中手を繋いで歩いたデート
お互いの名前を入れたメールアドレス
喧嘩したクリスマスの夜
いくらでも出てくる。
あれ……
なのにアナタの言った一言だけは思い出せない。
私の記憶が途切れてる。
あの日からプツンッと…………
何か歯痒い。
思い出したいけど、
思い出したら私が壊れてしまいそうで。
そう。自己防衛……。
もう二度と傷付かないように。
優しい過去の私は思い出に蓋をした。
まだそれを開ける勇気はない。
開けてしまったら消えてしまう気がする。
アナタと通った同じ電車の中で、私はアナタをきっと永遠に忘れない。
ずっと思い出せない思い出を抱いて。