宿屋に戻ると、ディルしか居なかった。
「………もう時間か……?」
欠伸を噛み殺しながら尋ねられて、改めて時計を見る。
「あ、あれ……」
この歳にもなって、時計を見間違えたらしい。
尋常ならざほどに衝撃を受けた。
訓練中の人が変わったような祖母が、もしこの場いたなら、アッパーカットの一つや二つで済むなら万々歳というところだ。
祖母。
旅のきっかけ。
私をほっぽりだした"酷い母親"の代わりに私をここまで育て上げてくれた人。
亡くなった今でも、化けて出でもして、可能ならば、ぶん投げられるだろう。
だけど、思い出さずにいる事も、祈らずにいる事もできなかった。
「………? 大丈夫か?」
まさかディルからそんな事を言われるとは思わなかった。
だってこいつ似合わない癖にロン毛で。
戦闘中には無鉄砲に猪の如くに突進し。
揚句の果てには、ディルの為に薬を妖需の予想を遥かに越える量買い溜めするはめになった。
しかも常に怒った様な顔してるし。
初めてメシア達と会った時なんか、ジンもメシアもディルの顔を見て明らかに警戒しまくりだった。
最近になって、照れ隠しだとか、そういう理由が分かってきたが。
私よりも4つ年上で、30?位は背の高いディル。
だけど中身はかなり餓鬼。
「………だ……大…丈夫…」
な
なな な 情けねえぇ
穴があったら入りたい。ていうか埋めてください。
海、近いし。沈めて?
メシアほどではないが、妖需は昔から結構なドジだ。
皆の前では細心の注意をはらっているが、遂にぼろが出たらしい。
今回は、この程度で済んでよかった。
もし、私の生まれが知れたら、と思うと、フィレーネの待遇を見た今でも、心穏やかでいられない。
隠しているつもりなのか、窓の外を眺めるそぶりをしながら、気遣わし気にこちらを窺う、ディルの視線が少しだけ痛かった。