少しひんやりとした春の夜風に、背中を押されて、ネオンライトがまぶしい港を駆け足で、急ぐ。
語り合う恋人達、うついたままのホームレス、夜空見上げれば、七色に光る観覧車、現実は僕の視界を、あらゆるものが埋めつくしてる。 スタジオまでは、あと10分くらいで着きそうだ。今日は、やけに、背中のギターが重く感じられる。「急げ!」そういい聞かせて、ヒロキは、全力でペダルをこいだ。 ヒロキは、1年前この街に、引越してきた高校3年生。内気で、なかなかクラスに溶けこめず、絶望感に打ちひしがれる彼を、バンドに誘ったのは、隣のクラスのケンだった。 ヒロキが偶然、なにげなしに、立ち寄った楽器屋の二階のスタジオが、ケンがボーカルのバンド「ハートブレイカー」の連習場だったのである。
そんな経緯で、 ケンは、ヒロキの高校での唯一の友達だ。クラスには未だ、友達はできそうもない。というか、ほとんど不可能に近い。昼ご飯は一人だし、ヒロキはもうとっくに慣れている。対照的に、校内一の人気者であるケンがヒロキのもとを、時々、訪れると、同級生達は、目を丸くして、それを不思議がるだけだった。