「よいしょ……」
メシアは、港への階段にゆっくりと腰をかけ、ほうっと一息をついた。
さっきまで一緒だったジンは、今頃、年相応に、観光でもしているだろう。
今まで、とても長かった。
人に利用されるべく生まれ落ちた自分は、一生を籠の中で、静かに終えるんだとばかり、思っていた。
この青空を舞うカモメのような日を、夢に見る事すら恐れ多くて。
だけれど。
あなたにはその時まで秘密にしよう。
終焉は、きっと近い。
「お―――い?」
「生――きてる―かい?」
ふざけた声で目を覚ますと、ジンがこちらを覗きこんでいる。
私と彼は、ゆっくりと話をしたことは一度もないし、それでいいと思っている。
「ばーちゃんみたいじゃん!そんな風にぐだぐだしてたら、わかめになっちゃうぞぉ?」
その笑顔の裏に、どれだけの苦労や苦しみがあるんだろう。
明るい言動に一瞬滲む、他の感情。それは、過去の鎖。
魔法世界ピスティアは、5つの帝国と4人の王に統治されている。
資源の不足により、規模の大小に関わらず、常に都市と都市、町と町の冷戦状態が続く。
その中で、子供だけで生き抜き、まして旅をするなどということは………奇跡としか、思えない。
「一緒に行こう!外の空気は、少しだけ君には汚いかもしれないけれど。きっと幸せになるから!」
そう言って、ジンが赤子同然のメシアの手を引いてくれた時には、気付かなかったけれど。
今なら分かる。自分のこの瞬間が、どれだけの犠牲の上にあるのかが。
自分だって、そこまでは馬鹿でないつもりだ。
この歳になって、ここまで語彙が広がったのは、ジンのお陰だ。
こうして、世界に触れ、知った事は本当に沢山ある。
だけれど、やっぱりそれには、準備が必要で。
どうしても、どうしても。
無力な自分がもどかしくなる。
言葉を教えてくれた時の宿代とか、そういう物理的な、分かりやすい事だけでも返す事ができたなら、と。
思う間にも。
砂時計の砂は、流れ流れて。
遠くなる。
存在が。