『俺は、親父が車を運転してる所を見たコトねぇけど、当時は有名な走り屋だったってコトだろうな。』
カチャン―\r
カラーリング剤を塗り終えて―\r
聖人は、クシをあたしの横のサイドテーブルの上に置いた―\r
『お父さんの隣には、いつもお母さんが一緒だったんだね‥‥‥‥‥。』
『あぁ。いつも一緒。何をするにも一緒だったって。親父は酒に酔うと、ついつい口数が増えるから。よく俺は話し相手になってやるんだ。』
カチ―\r
そう言うと―\r
聖人は煙草に火を点け―\r
サイドテーブルの上に灰皿を置いた―\r
聖人の吐く―\r
煙草の煙が目に染みた―\r
『親父が18で、母さんが17。
この若さで結婚した事は、当時としては、すげぇ早かったそうだぜ。
“駆け落ち”同然で、二人で家を飛び出したって―。』
『“駆け落ち”?!でも‥‥愛し合っている二人にとっては、それも素敵よね。』
『ばっか‥‥。そんな甘くはなかったみたいだぜ。
その時、母さんの腹の中には既に俺が宿っていたし。』
『聖人のお母さん、17歳で聖人を産んだの?!』
『そう。さっきのフォトスタンドの中の写真の親父は、18歳で、母さんは17歳。
母さんは、俺を産んで直ぐに死んだけどな。』
溜め息混じりに、
フーッと煙草の煙を吐く聖人は―\r
またあの悲しい表情になった―\r
『親父の愛車の“ケンメリ”に乗りながら、二人は毎晩―\r
“六甲山”を走ってたそうだぜ。』
『ケンメリ?!』
『おぅ。当時、流行ったスカイラインの愛称だよ。
“ケン”と“メリー”のスカイライン。
つまり、彼と彼女のスカイラインって意味。
この車を売り出す為に、企業が男女の名前を起用してイメージ作りをしたらしいぜ。』
『ふぅん‥‥。聖人のお父さん、そんなに車が好きなのに、どうして今は、車に乗らないの?!』
その時―\r
あたしは以前、3-5の教室で、
聖人がサトル君と話していた言葉を思い出した―\r
《俺の親父が昔、車で事故ってから、二度と車には乗らねぇって、バイク党になっちまってよ―》