クロが帰ってきたらぶつけようと思っていた怒りが、急速に萎えていった。こんなに元気のないクロを見るのも初めてだ。ルリは神妙な顔で入り口に佇むクロを見つめる。
「……クロ、ユーイチと何かあったの……?」
思わずルリが呟くと、クロは急に覚醒したようにビクリと顔を上げた。
「……何もねぇよ」
いつも通りの吐き捨てるような言い方。しかしどこか覇気がない。
クロは邪魔くさそうにミドリを避けながら<部屋>に入って来ると、どさりと白い床に座り込んだ。眉間にしわを寄せたまま、宙を鋭く睨んでいる。
そのまましばらく沈黙が続き、誰も何もしゃべらなかった。ミドリは扉の前でオロオロし、ルリはクロをじっと見つめた。しかしクロは、何も話そうとはしなかった。
その時だ。
「うわ、何この空気?どうしたのー?」
まったく緊張感のない様子で、キンが<部屋>に戻ってきた。
「キン……」
ミドリが不安そうにキンを見て、ついでクロを見る。何があったの、と聞きたいらしいが、気を使って言えないでいるのだ。
クロがあからさまに落ち込でいるのを見て、キンはバレないように小さくため息をついた。
キンは肩をすくめて見せると、「心配ないよ」と、ミドリの頭を撫でてやる。ミドリの不安な気持ちはわかるが、それならルリとクロの方がもっと心配だ。ダイダイと一番密接に関わってきたのは、この二人なのだから。
(さて、と……。どうしようかなぁ……)
ルリにも当然言うべきだろう。ダイダイはもういない。裕一はダイダイではない、と。だが、彼女がクロ以上に傷つくと思うと、なかなか言い出しづらかった。
「キン、何があったの?」
ルリは怪訝な顔でこちらを見ている。鋭いルリの事だ。裕一がらみだという事にすでに気づいているだろう。
「……ちょっと、ね」
笑ってはぐらかすと、睨まれた。余裕ないなぁと、キンの頭の冷静な部分が苦笑する。クロも、ルリも。大切な相手の事となると、面白いほどに取り乱す。
そう、まるで人間みたいに……。
「…………」
時々、本当に時々。
(そんな想いを突き崩して、めちゃめちゃにしてやりたくなるボクは、少しイカれてるのかもしれないなぁ……)
何が気に食わないのか。人間らしい事の何がいけないのか。キン自身にもわからなかった。