凄い勢いで、悪寒が妖需の全身を駆け抜けた。
「ディル……!!避けてぇっ!!」
悲鳴混じりに叫んでしまったものの、間に合うとは、到底考えられない。
だが、それは杞憂に終わった。
「浙ヤシカムメ恵藾サシサムフマ致徭忻面面椌橋難」
ディルと魔物の間に、数十個もの細かな水泡が現れ――
―――弾けた。
大きさに見合わない、最大の音量を轟かせながら弾けた水泡は、銃弾の如くに敵へと突進する。
そんな場合ではないが、面食らってしまった。妖需だけでなく、皆が。
寒気さえ覚える。
祖母は、魔法を使えなかったので、妖需はそちらの訓練は全く受けていないが、自分にも、きっと同等の力が眠っているのだ。
24年前だっただろうか――……政府が、混血狩りをしたという。
それが初めて、不条理でないように感じた。
亜人のヒトでない、残り半分は、動物よりも生態的に魔物に近いという。
人の心と、魔物の力を持ち合わせ、社会的な居場所を代償に持ち得た、過剰過ぎる身体能力。
幼いうちに処分する考えは、正しい気がする。魔物に人間が立ち向かえるのは、まさに、智恵の有無だからだ。
ジンが床を蹴る音で我にかえる。
薄い緑の被膜を帯びたディルは、ひたすら魔物を切り続けている。
あの淡い輝きは、メシアの防御魔法だろう。
しかし、ディルの無頓着な動き攻撃を受けた魔法は、綻びが目立ち、彼の体には切り傷が刻まれていた。
血痕が、渦巻きながら床を流れ、波間に赤い液体が揉まれては消える。
……切り傷…血……
ふと、昔見た魔物の生態書を思い出す。
だが、気付くのが遅すぎた。
水面に映る、数多の黒い影。
血の臭いに引き寄せられた、魔物の大群が、船をぐるりととり囲んでいた。
しかも、形状も大きさも様々な。
ジンでさえ、言葉を失い茫然としている。
(あれだけでも厄介なのに……)
馬鹿でかい、半透明の魔物に目をやる。
その視界に、赤い髪が映りこんだその時。
苦肉の策ながら、ある考えが浮かぶ。
(これに、賭ける――)