オーディションが進むにつれ、僕はある一つの疑問が脳裏に浮かんだ。
――このオーディションを受けようとしている人達は、このオーディションを一体何のオーディションだと思って応募したのだろう――
何故なら、現時点で七人のネタが披露されたが、その中で“お笑い芸人志望者”と納得出来る様な人材は、今の所見受けられなかったからだ。
トップバッターの女性の、ある人気アーティストの歌真似から始まり、
ドラマの中の数々の名シーンを物真似で再現する事にチャレンジした人、
イケメン俳優を目指す、ナルシスト役者志望の男性など――
この状況から、どういう考え方をすると、“このオーディションは、あくまでもお笑い芸人を発掘するオーディションなのだ”と把握する事が出来るのだろうか。
それにはかなりの困難を要する事だろう。
《このオーディションを“お笑い芸人発掘オーディション”だと言う事を忘れないでもらいたい。》
――なんて、“中年ノーネクタイ男”と“Tシャツにジーンズ姿の女の子”の心の声が聞こえてきそうだ。
気のせいか、“中年ノーネクタイ男”の表情が、なんだかさっきより険しくなった様な気さえする。
“Tシャツにジーンズ姿の女の子”は、表情一つ変えずに、ただひたすらとデジタルビデオカメラを構え続けている。
僕だったら―\r
僕が僕のとっておきのネタを披露さえすれば、今のこのなんとも言えない沈んだ空気を一瞬でかえられるのに。
後もう少しで僕の番が来る。
そして、僕はとっておきのネタを、今此処で披露する。
もしかしたら、その瞬間から僕はスターになれるかも?!
僕は、この自信が何処から来るのか分からなかった。
いつもの弱気な自分には考えられない程強気な発言をしている、心の中のもう一人の自分に、
何だか誇らしい様な、照れくさい様な、不思議な感覚に囚われていた。
『次‥9番の‥中山未來さんどうぞ。』
“中年ノーネクタイ男”が僕の名前を呼んだ。
やっと、待ちに待った僕の番が来たんだ。