「おい、健介!喧嘩だってよ。 見にいかねェ?」
「何ィ〜?それ賛成ーっ!俺も参加するかな」
この種の『イベント』が大好きな明石健介は、悪友の木島聡の誘いに即座に反応した。
「おほーっ、やってるやってる。 おバカ共が」
「アハハ、見せ物になってやんのあいつら」
野次馬が集まっているのも目に入らない様で、体格のいい男たちが派手にガチンコの勝負をしている。
その時健介は、騒ぎの中、一人ベンチに腰掛けていた女の子が気になった。
「う〜っ…………」
唸るような声を上げているその娘は、傍らに小型のトランクを置いて行儀よく座っていたのだが、どうにも様子がおかしい。
(結構美人だけど、頭のネジぶっ飛んでるのかな?
春先だし……)
本人が耳にすれば激怒しそうな事を健介が考えていると、娘はスッと立ち上がり、殴り合っている男達の方へつかつかと歩み寄っていった。
「お、おい、ちょっと待てよ! 危ないだろ」
「何ですか、あなた方は!全くなっておりません! ……そんな攻撃で敵が倒せると思ってるんですか!」
「はァ?……」
凛、と響いた娘の一喝に、野次馬をかきわけて前にでようとした健介は、その場にいた連中と共に意表をつかれて間抜けな声を出していた。
驚いて殴り合いをやめた男たちに『突く時はこう、蹴りはこう腰を入れて』などと手取り足取り教え始めるに至って、野次馬の間から爆笑の渦が巻き起こっていた。
「あ、あのーっ、お嬢さん、 俺たちもう、帰りたいんだけど……」
鼻血を流した男がバツの悪そうな顔で言うと、周囲からまた大爆笑が起こる。
「うひゃひゃ!あのお姉ちゃんもう、サイッコー!」
まさか、数ヵ月後にこの娘と関わりが出来ようとは夢にも思わず、明石健介は連れの木島聡と二人で腹を抱えて大笑いしていた。
夏へつづく