「祐輔くん…」
物思いにふける祐輔に声をかけてきたのは悠子の父、春樹だった。
「春樹さん…俺、一週間後に悠子にプロポーズするはずだったんです。指輪も買ってあったのに…何故こんなことに……」
「さっき君が、悠子の指に填めてくれた指輪だね…嬉しかったよ、ありがとう」
「ありがとうだなんて…俺は悠子を守ってやれなかった」
春樹はうなだれる祐輔の肩にそっと手を掛けた。
「そんなことはないよ。子供の頃からずっと、幼馴染みとして、恋人として、悠子の二十六年のほとんどを君が守ってくれてたんじゃないか」
「でも…悠子が発見される前の夜、俺は悠子の話をちゃんと聞いてやらなかった。もし聞いていれば…」
春樹も気になったのか、真剣な眼差しで祐輔を見つめた。
「悠子は…なんて言ってたのかね?…」
「はい、確か『一週間の歌知ってる』て聞いてきました」
「一週間の歌と言えば…ロシア民謡のあの歌かね」
「俺も最初はそう思ったんですけど、大学院生で研究員という職業柄か、悠子は無駄な話を嫌がりました。誰もが知ってそうな事を聞いてくるとは思えません」
「別の歌だと?」
「はい、歌の題名というのはよくカブりますから」
「しかし、研究室の大林教授の専門は歴史考古学だったよね…歌と関係が有るとはとても…」
「明日…その事を教授に尋ねるために大学へ行ってみようと思ってます」
「それは止したほうがいい。私はね、お隣さんだった君が母親のいない悠子をいつも大切にしてくれるのを見てきて、いずれ悠子と結婚して、私の息子になってくれたらとずっと思ってきた」
「春樹さん…」
「いや、昔から…今も息子だと思ってる。だから悠子を失った今、君まで失いたくないんだ!」
「……」
この時、祐輔の頬を初めて涙が伝った。
しかし、時折目を伏せていた祐輔には、会話の途中に春樹が一瞬、顔を強張らせ眉間にシワを寄せたことに気付くことは出来なかった。