牛嶋は、少し高揚した様子で話を続けた。
「実は…もう一人、レーニンにその優秀な才能を認められて将軍にまでなった男が、真っ先にスターリンの標的になってね、極地に飛ばされ幽閉されていたようだよ」
「それで、その将軍もやはり殺されたんですか」
「いや、スターリンが刺客を送ったんだが、それを察知して脱走したらしいよ」
「その後の行方は?…」
「その後の足取りは掴めていない…」
「どんな男だったんですかね〜」
祐輔は牛嶋の話し方に違和感を感じ、かまをかけた。
「やはりスターリンの謀略によって殺された英雄トハチェフスキーの影に隠れて、歴史の表舞台には登らなかったが、貴族の出でトハチェフスキー以上にハンサム…いや、妖艶な美しさを持った美男子だったと…」
思わず喋り過ぎて地を出してしまったことに気付いた牛嶋は、慌てて繕った。
「あッ…いやね、そのようなことをチラッと教授に教えてもらって…ハハ」
「あッ!そうだ。その大林教授は今、居られますか?伺いたい事がありまして…」
祐輔はわざと牛嶋の話には関心の無いふりをした。
「…そうかぁ、悠子くんは君に何も話さなかったんだ…」
「えっ?!…何をですか!」
「あ…いや…教授はね、一週間前から行方不明なんだよ…」
「また…一週間か…」
「えっ?…」
「牛嶋さんは、一週間の歌をご存じですか?」
「ロシア民謡のだろ…その歌が何か?」
「いえ、何でもないです。あの…悠子の遺品持っていきたいんですけど…」
「ああ、いいよ。教授もいない今、この研究室も閉鎖される。だからこうして整理してたんだよ」
「そうだったんですか…」
「もう退散するから、どうぞごゆっくり…」
「ありがとうございます…」
牛嶋は段ボールを抱えて出ていった。
「あの人…途中からタメ口になってたの、気付いてないだろうな」
牛嶋が出払ったのを確認した祐輔は、まず悠子の机から調べ始めた。しかし、手掛かりになる物は何も無い。
祐輔は背負っていたデイバッグのミニポケットに写真立てを入れると、今度はノートパソコンを取り出した。