落花流水、5話。

夢の字  2008-05-11投稿
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 マスターのあまりの熟睡っぷりにコーヒーを頼むことを早々に諦め、醐鴉は本題に入る。内容は仕事の事だった。

「たまには休めと言っておいて、その舌の根が渇かないうちから仕事の話、か」

「仕方ねぇだろ。入っちまったんは……っつっても、仕事入ってるのは明後日だ。それまではゆっくり休めるだろ」

 醐鴉の口から、呆れたような溜息が漏れる。働きすぎは良くない、と言った手前強くは言って来れないのだろうが、それはこちらも同じことだ。今日の仕事は自分が勝手して受けたものであり、それで本来全うすべき醐鴉から斡旋される仕事を蔑ろにするのは、道理に反している。優先すべきは後者の方。それくらい、俺にだって分かっている。だから、

「……受けるさ。その仕事。受けない道理は見付からないからな」

「了解。んで、内容なんだが、」

「それは後でメールしてくれ。仕事を受けるとは言っても、流石に今日は休みたい……と、思い出した。新しい携帯の手配も頼む」

「まぁた壊したのか? お前、あれだって安くねーんだぞ。……ったく」

 苛立っている、というよりは呆れているのだろう。醐鴉は頭の後ろを乱暴に掻いた。俺とこいつの付き合いは長い。だからこいつは俺の一つの悪癖ともいえる仕事の際の習性を知っているし、理解もしている。そして、何を言おうがそれが直らないことも。だから文句は言うものの、これといって何かしようとはしない。
 俺はコーヒーを啜り、醐鴉は若干怨みがましい視線を向けた後、椅子に背中を預けて大きくのけ反った。嘆息。きっとこいつが溜息を吐く原因の半分程を、俺が占めているのだろう。慰めの言葉などないが。
 それからしばらく他愛もない会話をして、俺は帰路についた。おおよそいつもと変わりの無い、これが俺の日常だった。死に彩られながらも、無味乾燥な。流れ落ちる水の如く、足早に過ぎていく日々。

 それがこれからもずっと続くと思っていたし、結局の所、それは正しくて。この後起こる変化は些事に過ぎず、流れを変えるには至らない。せいぜい、花を添える程度が関の山。日々は代わらず、流れ行く。散った思いを、その身に載せて。手の届かない遠くへと。


 それは何処か、命の散る様に似ていて。

 それは何処か、花の散る様に似ていた。


そして俺は、彼女と出会う――――

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