人影は俺の事など眼中になかったのらしく、「へ?」と間抜けな声を発しただけで抵抗はせず、突き飛ばされたそのままの勢いで強かに頭を床にぶつけていた。対する俺は人影に覆いかぶさったまま視線を巡らせ、突き飛ばされた衝撃で人影が落とした物を探していた。一瞬の、間。
「……っ何を――――!?」
ようやく自分の身に起きたことを理解したのだろう。口を開き俺に対して何らかの行動を起こそうとするが、遅い。人影が何かをする前に俺は近くの床に突き刺さっていた物を手に取り、それを人影の首筋に押し当てていた。
それ。僅かな光を照り返し輝く銀色。凶器。三日月状の刃をもつ、それは一振りの小さな鎌、だった。サイズはちょうど市販されている草苅鎌と同程度だろうか。ただ手に触れるその場所は木製の柄などでは無く、金属の冷たくて滑らかな感触を返してきていた。それに微かな違和を感じ……しかし、浮かんだ疑問を捩伏せて強い口調で詰問する。
「お前は誰だ。何の目的で此処に来て、こんなもので一体何をするつもりだった」
返答は、無い。ただ息を飲む音だけが無音の世界に響いて消えた。暗闇に潰され輪郭しか見えない筈のそいつの顔に、緊張が走るのが分かる。俺は口調を強め半ば怒鳴るようにして、言った。
「お前は誰だ、と聞いている」
「……言ってやらない」
今度は返答があった。微かに震える小さな声で、すぐに怯えていると分かるもののそれを前面に出さぬように気を張った……一言で表せば、強い言葉だった。それに完全に虚を衝かれる形になり、思わず言葉に詰まってしまう。けれど、それも一瞬の事。そんな物は単なる馬鹿の意地だ。この状況で意地を張ったって何にもならない。そもそも意地を張るような場面では無い。そんな事をしても何の意味もないし、かえって寿命を縮めるようなものだろう……何故か自分に言い聞かせるようにそう念じると、俺は再び口を開く。
「何故言えない。後ろ暗い事でもあるのか?」
「……言ったってどうせ信じない」
「信じる、信じないは俺が決める。言え。さもないと……」
腕に力を込め、手にした鎌を僅かに首筋へと食い込ませた。ぷつり、という手応えと共にに、暗闇でも分かる赤色が傷口から僅かに零れる。それに負けを認めたのか、はたまた自分の言うことを信じるか試してみようと思ったのか、そいつは殊更にゆっくりと、口を開いた。