今から80年以上も前の事。
その小さな村は今年の夏の台風で川が氾濫して、田んぼの稲が全滅した。
人々は、嘆き悲しんだ。
それでも人々には、無事に残った畑があった。
米には負けるが、ヒエやアワの雑穀や南瓜や人参の野菜が育てば、餓える事はない。
しかし、不幸な事に今年は"やませ"が吹いて例年に無い程寒い日が続いたので、畑の作物は育つ事が無かった。
人々は困り果てた。
しばらくの間は、蓄えてあった物を少しずつ食べた。
やがてそれが無くなると、山へ行って、山菜や木の実を採って食べた。
冬が来ると、それも無くなり、人々に飢えが襲った。
山には熊や兎や狸がいたが、この村の習わしで、肉を口にする事は許されていなかった。
人々は習わしに従い、肉を口にしようとはしなかった。
そのうちに、飢え死にする者が出てきた。
抵抗力も無かったので、流行病が村に広がり、村の半分が死んでいった。
このままでは、村が全滅してしまうと、一人の男が立ち上がり、山へ狩りに出掛けた。
何でもいい。
何か口にして力をつけなければ…。
しばらく歩いたが、獣達がいない。
男はガックリと肩を落し、村へ帰る事にした。
暗くなった山道を歩いていると、後ろからガサガサと何かがつけてきている音がする。
男は獣だと思い、タイミングを見計らって鉄砲を放った。
どぉ〜〜〜〜ん
男が獲物を見ると、それは熊でも兎でも狸でもなかった。
それは、体長1メートル程の人の形をした気味の悪い生き物だった。
男はとりあえず、それを抱えて山を降りた。
村へ帰り、それを村人に見せると人々は気味悪がった。
そこへ一人の老人がやってきて、こう叫んだ。
「生臭様じゃ〜。生臭様じゃ。恐ろしや〜恐ろしや〜」
何か分らないが、老人の慌て振りは半端ではなく、人々はそれを恐れた。
次の日の朝。
あの男が、何者かに内臓を食い散らかされて、死んでいた。
男の家の周りには、あの人の形をした生き物と同じぐらいの足跡が幾度も残っていた。