「春樹…さん?」
口を開かず自分を見つめる春樹に、祐輔はキョトンとした顔で呼び掛けた。
「あ…いや…何でもない」
春樹は再び語り始めた。
「それで、幽閉されたポリトには…ほとんど汁だけの粟飯が、一日一食与えられるだけになったんだ」
「そんなんじゃ、衰弱しますよね…結果的に殺された?」
「いいや…父親の目を盗んで、お義母さんと母親が蒸し芋を運んでいたんだ」
「でも見張りがいたでしょう…どうやってポリトに渡してたんでしょう」
「それが分からないんだ…その事は日記には書いて無かった…その後に起こった惨劇しか…」
「父親に見つかって…ポリトは結局、殺された?」
「違うんだ…」
曇っていた春樹の顔が険しくなった。
「確かに蒸し芋を運んでいたのは見つかってしまって…父親は母親を部屋に軟禁して、ポリトには一切食事を与えなくなった…そして五日目に…洞窟の中から歌が聞こえてきたそうだよ」
「一週間の…歌」
「正確には『一週間の食事の歌』だよ…七日目に、お義母さん一人で洞窟に行くと…ポリトは蒸し芋を受け取らず、その歌をロシア語でブツブツ口吟んでいたそうだ」
「ロシア語で?…」
「ああ…それをお義母さんから聞かされた母親は、二階の部屋の窓から飛び下り、足を痛めて、それでも走ろうとして、ポリトの元へ急いだんだ…後から自分の娘が付いてきているのにも気付かずに…」
祐輔は後の展開をもう、想像できなくなっていた。
「少し遅れて、洞窟に来たお義母さんは…悲鳴を上げながら駆け去る見張りとすれ違った…洞窟の奥から、ポリトのあの歌を口吟む声に混じって、くちゃくちゃと何かを食べる音が聞こえてきた…」
「ま…まさか…」
「中に入ると…力無く横たわる母親の腹を食い破り、腸を引っ張り出しているポリトが…口の周りを母親の血で真っ赤にして…」
「な…何故だ!…愛されてたのに…愛してた人にそんな酷いことを!」
悠子への想いと重なって、祐輔の悲痛な叫び声が、真夜中の静けさの中…響いていた。