「祐輔くん…」
春樹は、愛する人を無くした祐輔の気持ちが痛いほど分かった。
「一週間も何も口にしていなかったんだ…空腹と死の恐怖で、錯乱したんだろうね…けど、ショックを受けて立ち尽くすお義母さんに気付いた時、我に返ったポリトはお義母さんを抱き締めて…『取り返しのつかない事をしてしまった…ごめんよ、ごめんよ』と何度も謝ったそうだよ」
祐輔は何も言い返せず、黙って聞き続けた。
「その後…見張りから報告を受けた父親が、猟銃を持って駆け付けた時にはポリトの姿は消えていた…遺体の側で血の海に浸りながら、涙ひとつ流さず母親を見つめるお義母さんを残して…」
春樹は突然、祐輔を見据えた。
「祐輔くん…お義母さんがこの事件を思い出したのは二十年前の、娘…つまり私の、妻の早苗の死が切っ掛けだったんだ…君は本当に何も覚えてないのか!」
祐輔は春樹の言っている意味が理解できなかった。
「切っ掛けって…早苗さんは心臓発作を起して…それで…なんで俺が…」
「違うんだよ、早苗は…心臓を喰われて死んだんだ」
「!…それって」
「裏山の…洞窟の祠の前で倒れていた」
「洞窟?…まさか」
「君はさっき、そんな洞窟が有るのかと言ったけど、君と悠子は…その洞窟の、早苗の遺体の側で泣いていたんだよ」
「そんな…何も覚えて…ない」
春樹は興奮して、祐輔に責める様な問い詰め方をしてしまったと後悔した。
「すまない…だが少なくとも…悠子は覚えていた」
春樹はすっくと立ち上がった。
「祐輔くん!…洞窟に行ってみないかね?…何か思い出すかもしれない」
「今からですか?…あ…はい!」
二人は懐中電灯を持って裏山の雑木林へと入り、十分ほど歩いて洞窟に着いた。
牢屋にするために、入口に嵌め込んであった木の枠は、朽ちたのか既に無くなっていた。
奥に進むと春樹の言う通り祠があって、祐輔が懐中電灯で地面を照らすと、少しだけ黒く、赤紫に変色した血痕が浮かび上がった。
「あれ?…この血痕、二十年前のにしては新しい様な…」
「ここに…早苗と同じ姿で…悠子は倒れていたんだ…」
血痕を見つめる春樹の横顔を、祐輔は目を見開き凝視した。