彼女の笑顔が僕だけに向けられているのではない事を知った。
それまでは僕は彼女に好意をもたれてるんじゃないかとか浮いた事を考えていた。
彼女、「椎矢なな」が笑顔を絶やす事は無い。
いつ見ても、誰と一緒でも、何に対してもづっと笑顔だった。
教室の隅っこの席でななはいつも静かに笑っていた。
荒れた教室から目を背けたくなると、僕は何故かななを見てしまう。
そこには安らぎに似た、自分でも解らない何かがあった。
「ちょっとこのまんまじゃ・・・なぁ。」
放課後、向かい合った机と机。
僕とななは個人面談の途中だった。
面談をサボる生徒が多い中、ななはちゃんと時間に顔を出した。
ななは少し寂しそうな顔をする。
「先生、私、ヤバいですか?」
ななは僕が手に持っている成績表を見つめながら言った。
僕は軽く笑う。
「お前、頑張ってるように見えるんだけど、授業中はさ。」
「全然ですよ。」
なながまた笑った。
「私、ぼうっとしちゃう事が多くて。授業中も。」
照れたように笑うと「ごめんなさい。」と付け加えた。
「何か悩みあるのか?」
「え?悩み?」
「悩み。」
「無いです。」
「将来の希望とか。」
「公務員。」
「へぇー何で?」
「安定してますもん。」
ななは楽しそうに言った。
「じゃぁクラスの人で苦手だなぁってヤツとかいるか?」
「いないです。」
僕の今日まで面談を行ってきた生徒達とは違った。
悩み―――●●がウザイ
将来の希望―――考えてませぇ〜ん
クラスの人で苦手だなぁって思う奴の話になると、
時間の許す限り、悪口ばかりを言ったりする。
それが高校生。
そう思っていた。
「何か僕に頼みたいこととかは?」
「頑張って下さい。」
ななはまた微笑んだ。
「お前が頑張れよ。」
僕はそう言うとミラー現象、彼女に笑い返した。彼女と同じ風に。
彼女はナニモナイ。
そんな子だと面談をして思った。
最初に思った感想だった。
そう、ナニモナイ。
悩みも、熱い夢も、嫌いな人や僕への苦情も。
何もない。
淡白すぎるほどの彼女の心理。
その裏に何が隠されているのか僕はまだ知らずにいた。
ただどうして彼女があんなにも楽しそうに笑うのか、
アレは彼女なりの自己防衛だっただなんて・・・。