落花流水、9話。

夢の字  2008-05-22投稿
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 隙を見て、主導権を取り戻す。今回のは仕事は、『見届ける』だけでなく死因を自殺にしなければならない。死体に傷を付けられた時点で終わりだ。それが死後の物であろうと、生前の物であろうと、彼の死に他人が介在した証拠になる。そうすれば仕事は失敗になるし、下手すれば警察に追われる事になる。そのうえ、失敗の代償を命で払う事にもなりかねない。

 ……それに、何よりも。俺の仕事を台なしにするその行為が許せない。
 そんな俺の考えなど露知らず、人影は事務的に指示を出す。窓際へ、ゆっくり歩くように、と。俺は横目で様子を窺いつつ、指示に従って窓際まで歩いた。そして振り返り、首吊り死体を挟んで対峙する形をとる。

「……何?」
「別に、何でも。ちゃんと指示には従ったろう?」
「……別に、良いけどね」

 不服そうな声が諦めたような溜息に取って代わり、若干の隙が出来「動くな!」鋭い叫びに踏み出しかけた足が半歩の位置で静止した。舌打ちが零れる。

「君は、何をそんなに気にしてるの。大人しくしてれば何もしないのに」
「……」
「だんまり? まぁ、良いけど」

 嘆息は俺と、相手のどちらが零したのだろう。……考えなくても分かることだが。きっとお互いに、奇妙な闖入者の存在に頭を悩ませているに違いない。ああ、かつてこんな異常事態があっただろうか。自殺現場で首吊り死体を挟んで睨み合い。訳が分からない。
 分からない、と言えば。そういえば相手の目的も分からないままだった。死体を傷付けようとしたので咄嗟に飛び掛かったが、あの時何をしようとしたというのか。気になりはする、が。しかし、聞いて素直に答えてくれはしないだろう。

「……あのさ。私も早く終わらせたいから、もう邪魔しないでくれるかな?」
「終わらせるって、何をだ?」
「し・ご・と」
「……」

 わざわざ一文字ずつ区切って放たれた台詞に、それはこっちの台詞だ、と思わず言いかけ――言葉を、飲み込んだ。思わぬ形で語られた相手の目的に、戦慄を覚えたのだ。
 仕事。つまりは、同業者ということなのか? 誰かに依頼されて、彼を殺しに来た? 或いは純粋に、俺の仕事の邪魔を? 疑問が脳内を埋め尽くし、思考がとめどなく溢れ出す。弾き出された結論は、相手がどんな目的で此処に来たのであろうと、プロである限り勝ち目はない、ということだった。



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