「? やっと、諦めた? だったら凄い助かるんだけど」
俺の口からはもう嘆息も舌打ちも零れない。そんなこと、出来はしない。出来たことと言えば、息を飲み、これから怒るであろう出来事に対し、覚悟を決める事だけ。相手に俺を殺す気は無さそうだが、例え此処で難を逃れたとしても、仕事の失敗のツケは必ず着いて回る。なんせ依頼主は立場のある政治家で、しかも部下に首を吊らせるような、しかも俺みたいな立場の人間を雇うような相手だ。自殺させろと言った人間が他殺体で発見された場合、そいつの立場はかなり危ういものとなるだろう。そうすればそいつは、新しい身代わりを作るはずだ。例えば、俺の死体とか。そうでなくとも、命の覚悟はしなければいけないだろう。
「やれやれ。俺の命もここまで、か。思えば短い人生だったな」
「? 何言ってるの。此処で死ぬのは、というか死んだのは君じゃぁないじゃない。確かに君は、死の臭いが強いけど」
言って、だから私が視えたのかな、等とひとりごちる。言ってることの訳が分からないが、違う。俺が言いたいのはそういう事じゃない。
「阿呆か。考えれば分かるだろ、お前が死体を傷付けたら、俺の仕事は失敗する。そうしたら、どのみち俺は終わりだよ」
「……仕事? って、何」
「俺の仕事は、そこにぶら下がってる彼の自殺を見届けることだ。普段はその後死体がどうなっても構わないんだが、今回は特殊なケースでね。自殺じゃなきゃいけないから、傷付けられたら終わりなんだよ」
……というか、それを知らないって事は俺の仕事の邪魔をしに来た訳じゃないって事か。だとしたら交渉次第で何とかなるかもしれない。相手にも面子が有るだろうが、此処は俺の顔を立ててもらおう。これでも仕事柄、話術には自信がある。
だが、予想外に。人影はこう、言ってのけたのだ。
「なら、大丈夫。私に死体を傷付けるつもりは無いから。ただ、魂を切り離すだけ」
「……なんだって?」
「言ったでしょ。私は死神だって――」