それは突然に起こった。
 そんな書き出しがよくあるけれど、そんな事は実際ないのだと思う。
 その前に何かきっかけがあったからこそ、それが起こるのだろう。
 突然に。など、ありえない。
 全てにはマエが必ずある。
「ノン!」
 後ろから私を呼ぶ声がして、振り向くとそこには彼女がいた。
「どうした?イェア」
 彼女が私を[ノン]と呼ぶ理由が判らない。
 しかし私が彼女を[イェア]と呼ぶ理由もない。
「ねぇ、街に遊びに行きましょうよ」
「街へ…………?」
 私は街があまり好きではない。
 五月蝿い場所は嫌なのだ。
 しかし彼女は行きたいと言う。
 ならば私に断る理由などない。
「ああ、そうだね。久しぶりに出掛けようか」
 私は彼女に笑いかける。
 すると彼女も笑った。
 彼女より純粋で綺麗な人は存在しないだろう。
 私は彼女を[イェア]と呼び、彼女は私を[ノン]と呼ぶ。
 しかしこれに特別な意味などない。
 私と彼女にはもともと名前などなかった。
 しかし街の人々は私と彼女をこう呼んでいた。
 どこまでも一体で、どこまでも二つな[イェア]と[ノン]。
 私たちはそれを借りているにすぎない。
 しかしこれ以上私たちを示す最適な言葉もない。
 だから私は彼女を[イェア]と呼び、彼女は私を[ノン]と呼ぶ。
 それ以外の特別な理由などない。
 私は私。彼女は彼女。
 私は彼女。彼女は私。
 私と彼女は昔は一つだったと、
 心から、そうでありたいと願う。