だから、離さなかった。指を絡めあい、吐息を重ねあい、自分達が一つだと思う。そして僕達は身を、空に、投げ出した。
仄かな百合の香り。朝の斜光を白く染める様な匂いだった。ガルダリンベッドに腰掛けて、瞼を閉じたまま、裏庭から流れてくるそんな朝の風景を青年は楽しんでいた。暖炉の上にある丸いミグス時計が音を刻み、堅実な調度品が主に仕える従僕の如く配慮を知らず並べられている中にあって、まるで青年は動こうとしなかった。ドアが外から叩かれる。青年は返事をしなかったけれども、構わずに扉が開いた。「光さま。お目覚めで御座いましょうか」入ってきたのはメイドの陽子だ。黒の長袖に包まれた右腕を曲げて、リネン水を吹いたタオルを一枚そこに掛けている。彼女が近寄ってくるまで、光は顔を上げない。革靴の足音は、毛先の長い絨毯が吸い込んでいる。「神山 光さま」「おはよう御座います」単調に光は挨拶をした。言葉を出すと、先程まで感じ続けた百合は散ってしまい、代わりに陽子の姿が鮮明に現れた。「御気分が優れないのですか」若い顔に心配を浮かばせてメイドが伺ってくる。「いいえ」立ち上がると、陽子からタオルを貰い、眠っている間に用意された水で光は顔を拭った。今日が始まる。